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2010年02月26日

受験編...

こんばんは。

帰国後、落ち着いて参りましたので 久しぶりに京都タワー~オカンとボクと、時々オトンでも書いて見る事にします。

今日、夕方 富山のローカルニュースを見ていた所、高校入試の倍率を発表していたのを見て...

僕『高校って1.1倍やって?』『少子化のせいかな?』

『定員割れのクラスも有るぞ!』『定員14人の所4人やって...』

『4人のクラスなんて要らんのちゃうの?』

『こんなん絶対受かるやんけ?』

『俺が受けた高校、倍率6.3倍やったぞ!』

『なぁ なぁ...』

っと、半分以上 嫁さんには無視されながら一人でつぶやいていたのです。



そうすると嫁さんが...

嫁さん『アホな高校程倍率高いんやで...』と爆笑されました(笑)

ちなみにうちの場合、嫁さんの方が高学歴です!

僕 『俺の学歴を馬鹿にしてるやろ?笑』

嫁さん『それにしても凄いね?6.3倍?ギャハハハ....』

僕『おう!6倍以上じゃ!』『合格発表の時なんか、殆どの奴 落ちてるさかいに、帰りみんなふて腐れた顔してタバコ吸うとったぞ!』

そんな話をしていると、ふと..当時の記憶が蘇って来ました(遠い目..


今日は受験編です...

受験の一週間程前、既にその頃にはオトんとは口もきかなくなっていたのだけど、急に『淳也 ちょっと来い!』

というので、素直に車に乗った。

着いた先は北野天満宮だった...

天神さんは、学業の神様で有名な神社だと後で知った...
オトンは神頼みしたかったのだろう?と思うと、ちょっと笑えた。

その後...

今も忘れない、中学三年生の高校受験の前々日...

京都では珍しく雪が積もっていた...

何時も一緒に帰宅する友達と5 6人で、何時もの帰り道...

お互い 明後日が高校受験だというプレッシャーを忘れようと、雪合戦して帰ろうぜ!という事になり、皆 それぞれ雪のタマを丸めては投げ、当て合いに夢中になっていた。

僕はというと、雪タマを当てられながら必至で大きな雪のタマを転がして、ただひたすら雪のタマを巨大な物にしていたのでした。

そんな無抵抗な僕を集中的に攻めて来る奴が居た。

服部(あだ名 ハット)だ...

僕が大きな雪のタマを転がしているのは、地味に目立たない様にしながらやっていたので、その内 誰も僕を相手にしなくなり、攻撃対象から外されていった。

雪のタマは60cmくらいに成長していた...

僕は誰が何発 俺に攻撃したかをカウントしながら転がしていたので、その大きな雪の固まりをぶつけるターゲットは既に決まっていた!!

ハットだ!!(ロックオン!!...俺に近づいたら火傷するぜ...ニヤリ!!)

ドカーン!!

無防備近づいて来たハットに、僕は渾身の力を込めてその大きな雪のタマを顔面にカウンターでぶち込んでやった!

大成功!!!

その後も ゲラゲラ笑いながらハットに追い込みをかけ続けた。

僕の"勝負の前に綿密な計画をたてる性格"は、既にこの頃から養われていた。

早い話、俺は絶対に勝つ勝負しかしない!

ガキの頃、皆 そうだった様に、シャレにならない空気が立ちこめ、泣きながらハットが迫って来た...汗

僕はまだ雪合戦の延長のつもりだったので、殴り合いだけはフェアじゃないと思い、とにかく走って逃げた。

逃げながら、殴っちゃ駄目だ...殴っちゃ駄目だ...でも、絶対あいつは俺をドツクに決まってる...

そう考えながら路地に逃げ込んだのだが、行き止まりになっているじゃないですか!

足元を見ると、火鉢に水がたまって、分厚い氷が張っている...

無我夢中でその分厚い氷でハットの頭に叩き付けた!!

ハットは号泣した...


そこに仲間が到着し、ジャッジしてもらう事になった。

僕の言い分としては、でかい雪のタマを当てた事はルール違反ではないと言う事。

その前に散々やられている事を我慢しながらの攻撃であった事。

最後の氷は雪合戦で有効か?(そうしないと多分 俺、どつかれてた...)

その三点を認めて欲しかった。


審議の結果、最後の氷はあかん!

でも、でかい雪を当てられて怒ったハットが悪い...となった。

僕の言い分は認められたようだ...


何か後味の悪い気持で帰宅し、勉強もせずその日は寝た。


翌日...(受験前日)

一言もハットとは口をきかず、その日 最後の授業のチャイムが鳴った...

刹那! 前の席だったハットが鬼の形相でこちらを睨むので、僕は咄嗟に殴ってしまった

やっちまった..と思った(汗)

俺は昨日の事を謝って欲しいだけだったのに...でも やり過ぎた(汗)

少し気持ちに負い目が有った為、次の瞬間 ハットの反撃を交わし切れずにパンチが鼻にジャストミートした...

その瞬間、教室は僕の鼻血で染まった...

怖いくらい血が噴き出し、周りを見ると女子は皆 引いていた...

その頃 好きだった女の子も、口をおさえて僕を見ていたのを今でも覚えている。


その後、直ぐに病院に連れて行かれ、レントゲンを撮った...

看護婦さん『仰向けになって下さい』

僕『こうですか?』っと"うつ伏せ”で答えた。

看護婦さんに笑いながら、『それはうつ伏せや!』と突っ込みを入れられた。

僕はその時、初めて仰向けの意味を知ったのだった...


幸いにも鼻の骨は折れて要いなかったのだが、既に一回 折れてるね!と言われた。
そういえば、前にどつかれた時、シャレにならないくらい痛くて、鼻がの付け根が動いていた時が有った事を思い出した。

多分 その時折っていたんだ...


病院から、自分の荷物を教室に取りに帰ると、そこにはまだ女子が二人居残っていた。

僕はどつかれて、ちょっとカッコ悪かったので、無視して帰ろうとすると、一人が近づいて来て僕に包みをくれた。

その場で開けてみると手作りのクッキーが入っていた。

あまり覚えていないが、『明日 試験頑張って!』みたいな事を言われた気がする。

特に好きな娘では無かったけど、とても嬉しかった(笑)

でも、鼻血ブーの直後だったので、格好も付かずとにかく恥ずかしかった。

その時 俺はなんて馬鹿な事をしたんだと悔やんだ...

あんな事さえ無ければ、早く家に帰って 機嫌良くクッキーを食べられたのに...


その日の夜...

ハットは母親に連れて来られ、俺んちに謝りに来た。

お互いバツの悪い顔をしながら目を合わせて笑い、その時にはお互い仲直りを確信していた。

その日の夜、ちょっと勉強しようと社会の教科書を1頁だけ捲った...

そこには地図が書いてあり、インドと書いてあった。

これでよし!寝る...


試験当日...

我が母校となる、伏見工業高校へと向かうと、そこには京都中の不良が全員集まったのか?という様なメンツが揃っていた...

試験当日、中学校の先生も引率してくれていて、試験直前のアドバイスと、僕たちの緊張を解そうと笑顔で話しかけてくれたが、僕は試験のプレッシャーより、こんな奴らと高校生活を共にするのか?という不安の方が大きかった。

そんな僕に先生が..『おい!お前 昨日徹夜したんか?』

僕『いいえ、直ぐに寝ました』

先生『お前、目にクマで来てんぞ!』

思い出した...昨日 どつかれたんやった...

そんな事とは言えず、ただ『直ぐに寝た』とだけ言った...


試験では、昨日見た頁と同じ地図が書いてあった。

インドと書いた(笑)


っとまぁ、自分のやって来た 記憶を辿っていると、息子が同じ様になったらどうしようと心配になる時が有ります。

俺みたいになるなよ...

でも、俺の人生 楽しいからなぁ...真似出来るならやってみろ!とも思います。


おしまい!!







2010年01月18日

京都タワー~オカンとボクと、時々、オトン~

リリー フランキーさん風のタイトルですが、今日から新しいカテゴリーとして、京都タワー~オカンとボクと、時々、オトン~を、小説風に書き続けて?みたいと思います。

続くかどうかは不明...

昨日、虎徹が一人で歩く姿を見て、父親とは何だろう?とふと思い、自分が子供の頃の記憶をたどってみたんです。

そうすると、色んな思い出が蘇って来ました。

そんな事を書いてみます(笑)


それでは始まり始まり〜!

京都タワー~オカンとボクと、時々、オトン~(パクリなタイトルスミマセン...)#1
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僕のオトンはどうしようもない道楽者で、家族の事など二の次 三の次にする様な人でした。

朝飯の時以外 顔を合わせる事がなかった...

自分が親になって、父親とはどんな風だったか?を思い出そうとしても、どうしても母親と喧嘩している姿や釣り道具を磨いている姿くらいしか思い出せない。

そんな僅かな記憶を頼りに、父親とは何だったか?を思い出してみた。


幼稚園の年長組の頃、オトンは僕を丸物(百貨店)へ黙って連れて行ってくれた事が有る。

そこには僕が幼稚園で書いた、"大工さんの絵"が壁に飾られていた。

その絵を見て、オトンは何も言わず 絵を見て『あれ お前が書いた絵か?』とだけ僕に聞いて、僕が『そうや』と答えたのを聞くと、黙っておもちゃ売り場に連れて行ってくれた。

『淳也 何が欲しいんや?』

それは夢にまで見た光景で、ミクロマンが勢揃いしたコーナーだった...

実は、この数ヶ月前 僕はこの光景と全く同じ夢を見ていたのでした。

5歳だった僕は、おばあちゃんから聞いた "良い夢は黙っていたら叶う.."と言う言葉を信じて、ずっと誰にも話した事が無かったので、『やっぱり夢は言わへんかったら叶うんや』と確信したのでした。

そして、僕は夢で買ってもらったのと同じミクロマンを、レジまで持って行ったのでした。

その時の気持ちは、お店を出るまで絶対に自分の見た夢を語っては行けないという油断ならない状況だったと今も覚えている。

無事、ミクロマンを買ってもらい、オトンのスカイラインGT-Rで喫茶店に連れて行ってもらいました。

その頃、オトンはGT-Rを何時も僕に、他の車とは全く違うんだと自慢していました。

僕はオトンのGT-Rのビュンビュン動く、タコメーターの動きを見ているのが面白かった...


オトンの””たまり場”の喫茶店に付くと、オトンは僕の絵を見に丸物に言って来たんや と友達に自慢していました。

その頃の僕は、自分の絵がちょっとだけ上手に描けていて、だから丸物に飾られていた事なんて全く意味が判らず、ただ ミクロマンを買ってもらった事を喜んでいました。

オトンが僕の絵を笑いながら、友達に説明していた姿を今思い出すと、きっと凄く嬉しかったんだろうなぁ...と思います。

この話の内容も僕は覚えています。

オトンは僕の大工さんの絵を、コイツの描いた大工さんなぁ..背中が沿って反対向いとったど!あんた体勢とれへんて...と、半分馬鹿にしながら喜んでいたのです。

今、大人になってやっとオトンのキャラを理解する事が出来ました(笑)


家に帰り、オカンも笑顔で僕を見つめ、買ってもらったおもちゃを見て、『こんなちっちゃいの買わんと、もっと大きいの買うてもろたらええのに...』と言いました。

僕はここで初めて、『お母さん、なあなあ..これ買うてもらう夢見たんや!』

『夢をしゃべらへんかったら叶うってほんまやったんやな?』と興奮して話しました。


それから今も、僕は自分の見た夢で叶って欲しい夢は、絶対に人に話しません。

だって、夢は必ず叶うからです!



その年のクリスマス前...

オカンは珍しく大丸のおもちゃ売り場に僕の手を引いて連れて行ってくれた。

僕は大丸のおもちゃ売り場が大好きで、その大きさに驚いていました。

何を捜して良いか判らないでいると、オカンが『淳也! あんたの大好きなグレートマジンガー有るで』と僕を呼んだ、

そこにはグレートマジンガーの大きなプラモデルが沢山 山積みにされていたのでした。

凄いなぁ...こんなん欲しいなぁ...と思っていると、オカンは『淳也は何が欲しいんや?』と聞くので、

『このグレーとマジンガー欲しいけど...』

この時僕は、子供心にこんな大きくて高そうなおもちゃを、苦労している母親に欲しがっているそ素振りを見せたく無い一心だった...

そうして黙っている僕を見て、オカンは『欲しいもん聞いてるだけや』

『ほんまは 欲しいんやろ?』と聞くので、僕はうつむき加減に『これ欲しい..』とだけ言いました。

そうするとオカンは僕の手を引いて、そのまま家に連れて帰りました。

ほんの少しだけサプライズを期待した僕が甘かった...

そんな世の中の厳しさを知った5歳のクリスマス前でした...


そしてクリスマス当日...


続く...